この那須高原に近い町は芳孝の生まれ故郷だ。
東京へ出て行ってから10年あまり、一度も帰ってはいない。
駅前にはバスのロータリーができ、障害者用にスロープも用意され
横断歩道のペンキは真っ白にクッキリと描かれ、小奇麗に整備されていた。
‡...Open more‡
地方都市にありがちな___まるでどこかで作っている映画かアニメの町のようでもある。
人通りがまばらなのは芳孝が出てゆく前と変わらず、昔のままだった。
それが、いっそ芳孝には白々しく思える。
“東京は好きだ……
人ごみでも、汚くても、ギスギスしてても____生きてる“
芳孝はこの町がキライだ。
自分を受け入れてはくれず、かといって喜んで送り出してもくれなかった場所だから。
父親の葬儀は総合病院の院長だけあって盛大なものだった。
病院を上げての社葬、弔問客は町の名士ばかりだ。
もっとも、誰がどういう人物なのかは芳孝はもう覚えていなかったが。
もとから覚える気も無く、十年も帰っていなかったのだから当然と言えば当然だ。
傍から見れば長男でありながら喪主でもなく、かろうじて親族席にいる芳孝は
哀れなものだろう。だが芳孝本人はとりわけ何を思うでもなかった。
火葬場から藤ノ井の家に戻って来たのは午後二時を回ってからだった。
年の瀬も近い12月中旬の空はどんよりと曇り
“荼毘の煙も、雲にまぎれて見えなかったな”
などと、ぼんやりと思い出す。
雪が降るのか雨になるのだか、どちらともつかない天気の曖昧さは
今の自分の立場のようだと芳孝は思う。
家を捨てたなら父親の葬儀だろうと戻ってこなければよかったのだ。
“もとからおれは、この家の子供じゃなかった”
3つ違いの7歳だった弟が事故にあったのは、友達と遊んだ帰りに
横断歩道を渡った瞬間、大きな楠のある橋のたもとでのことだった。
父は1人で遊びに行かせた母のせいだと責め離婚を迫り
弟について行かなかった芳孝を詰って、医者になって父の跡を継ぐと
言っていた芳久の代わりに藤ノ井の家に残れと言った。
母は無抵抗に離婚に承諾し、芳久の死を自分のせいだと責め続けた。
“どうして”
と何度、芳孝は思ったことだろう。
死んでしまった芳久は可哀想だ。芳孝も悲しんだし、ついて行ってやれば
こんなことにならなかったのかも知れない、とも思う。
“だけど、どうして________“
なぜ生きている自分の方を見てはくれないのだろう。
やはり口には出さないが母も、弟について行かなかったことを
責めているのだろうか。
衣食住や学校へ行くことには何不自由することはなかったが、いつしか
“自分は捨てられた____、いや、最初から愛情など
なかったのではないか。きっとそうだ”
という思いと
“いや、母は芳久の死があまりにショックだっただけで
決して自分を愛していないのではない”
という気持ちが心の中で蔦のように絡まり、澱のように沈んでいった。
3年後に母が自身で運転していた車と対向車が接触、
車から投げ出され助からなかった。
弟が死んだ場所に程近いところで母が死んだのは
本当に偶然だったのだろうか。
不注意による事故死____警察ではそう処理されたが
町では自殺ではないかとの噂も絶えなかった。
“捨てられた”
母は結局のところ弟の死のことばかりになり、
芳孝を置いて逝ってしまった。
芳孝が絵を描くことに没頭しはじめたのは、その頃からだ。
特に絵を動かすということは、全てを自分の手の中で
コントロールすることができる。
描いている間だけは、その世界は自分のものだ。
“誰とも分け合わなくていい”
そうと思うと、芳孝はふっと息を吹き返すことができた。
‡...Hide more‡
〔テーマ:自作BL小説ジャンル:小説・文学〕